ローマで食べたカルボナーラは、確かに美味しかった。濃厚で香りも良く、「さすが本場だ」と思える一皿だった。それでも、最後まで食べきることはできなかった。まずいからではない。塩味が強く、体が受け付けなくなった、という感覚に近い。
ただ、この違和感は、イタリアが初めてだったから感じたものではない。私は過去に ミラノ に2年間住み、旅行でイタリア各地の料理を食べてきた。
フィレンツェ、シエナ、トリノ、ヴェネツィア、ナポリ。
どの街でも、味付けが合わないと感じた記憶はほとんどない。
正直に言えば、ローマ を訪れた過去3回の旅行でも、「塩辛い」という印象を意識したことはなかった。それが、前回のイタリア旅行で初めて、はっきりと気づいた。ローマのレストランだけ、明らかに塩が強い。
ミラノ、フィレンツェ、シエナ、トリノ、ヴェネツィア、ナポリでは問題なかったのに、ローマだけが、突出して塩辛く感じられた。
思い返してみると、理由はひとつではない。私はもともと
パニーノ > ピッツァ > 前菜 > ドルチェ > 肉・魚料理 > パスタ > リゾット
という順で好みがはっきりしていて、ローマでは無意識のうちに、塩気の強いパスタ料理を避け続けていた可能性もある。
だからこそ、この違和感は興味深かった。「合わなかった」のではなく、なぜ“ローマだけ”強く感じたのか。
この記事では、実体験をもとに、ローマ料理が塩辛く感じられる理由を文化・食材・味覚の前提から整理し、日本人旅行者が戸惑いやすい「味覚のズレ」について考えていく。
ローマ料理が塩辛く感じるのは「味覚の前提」が違うから
ローマ料理が塩辛く感じられるのは、料理人の腕や、日本人の舌の問題ではない。そもそも、味を組み立てる前提が違う。ローマ料理は、塩を「控えるもの」ではなく、味の土台として使う文化の上に成り立っている。
ローマ料理は、塩を引き算しない
ローマの代表的な食材を思い浮かべると分かりやすい。
- グアンチャーレ(豚ほほ肉の塩漬け)
- ペコリーノ・ロマーノ(強い塩気を持つ羊乳チーズ)
これらは、すでに塩を含んだ状態で完成している素材だ。料理の段階で塩を足すというより、「塩を含んだ素材同士をどう組み合わせるか」が重要になる。そのため、ローマ料理では味を和らげる発想があまりない。最初から「この強さで成立する」ことを前提に、味が設計されている。
日本料理は、塩を前に出さない
一方、日本の味覚はまったく逆の方向に進化してきた。日本料理では、昆布や鰹節といっただしが味の中心を担い、塩は輪郭を整える役割にとどまる。その結果、実際の塩分量が決して低くなくても、「塩辛い」とは感じにくい構造になっている。
同じ塩を使っていても、ローマは塩が味の骨格、日本は塩はうま味を支える補助。この違いが、体感としての大きな差を生む。
「合わない」のではなく、「前提が違う」
ローマ料理を食べて「一口目は美味しいのに、途中からきつくなる」と感じる日本人は少なくない。それは、舌が弱いからでも、料理が雑だからでもない。
一皿をどう食べるか、一日の中でどう位置づけるか、味をどう受け止めるか。
その前提が、日本とローマでは違うだけだ。だから、ローマ料理が塩辛く感じたとしても、それは失敗ではない。自分の味覚が、別の文化と出会った証拠でもある。
ローマ料理は「塩を前提に成立する」食文化
ローマ料理を理解するうえで重要なのは、塩が「控えるもの」ではなく、最初から味の設計に組み込まれているという点だ。日本料理のように、最後に塩で微調整する文化とは、出発点が違う。
保存食文化が今も味の中心にある
ローマ料理の代表的な食材には、もともと塩分を多く含むものが多い。
- グアンチャーレ(豚ほほ肉の塩漬け)
- ペコリーノ・ロマーノ(塩気の強い羊乳チーズ)
これらは、「味付け前の素材」ではなく、すでに完成された味を持つ素材だ。
歴史的に見れば、冷蔵庫がなかった時代、塩は保存のために欠かせない存在だった。ローマ料理は、その保存食文化を土台に発展してきた。その結果、料理は「塩を足す・引く」ではなく、塩を含んだ素材同士をどう組み合わせるかという発想で組み立てられている。
ローマは“一皿完食”を前提にしていない
もうひとつ、日本人が塩辛さを強く感じやすい理由がある。それは、食事の前提だ。
ローマの食事では、パスタ(プリモ)は主役ではない。前菜、プリモ、肉や魚、ワイン、会話。その流れの中の一皿として位置づけられている。つまり、一皿を最初から最後まで、単体で完食する前提ではない。
日本では、「出てきた一皿をきれいに食べ切る」ことが自然だ。その感覚のままローマのパスタを食べると、塩味が後半に集中し、「きつい」「重い」と感じやすくなる。
味そのものが強いというより、食べ方の前提が違う。このズレが、ローマ料理を「塩辛い」と感じさせる大きな要因のひとつになっている。
WHOも指摘する「塩分摂取量」という客観的な視点
ローマ料理が塩辛く感じられる理由は、個人の体験や印象だけではない。客観的なデータから見ても、イタリアは塩分摂取量が多い傾向にある国のひとつだ。
イタリアは塩分摂取量が多い国のひとつ
World Health Organization(WHO) は、成人の1日の塩分摂取量について、5g未満を推奨している。
一方で、イタリアを含むヨーロッパの多くの国では、この推奨値を上回る塩分摂取が一般的であることが、各種調査から示されている。
これはローマに限った話ではなく、
- 塩漬け肉
- チーズ
- 加工食品
といった、日常的に塩分を含む食材が多い食文化そのものが、背景にある。
つまり、ローマ料理が塩辛く感じられるのは、一部の店や料理人の問題ではなく、国全体の食生活の延長線上にある現象だと言える。
これは「ローマ料理が不健康」という話ではない
ただし、ここで誤解してはいけないのは、「塩分摂取量が多い=ローマ料理は不健康」という単純な話ではない、という点だ。
イタリアでは、
- 食事量
- 食べる時間帯
- 前菜からメインまでの構成
- 日常的な歩行量や生活リズム
これらすべてを含めて、食文化が成り立っている。
塩分だけを切り取って評価することは、その文化全体を正しく理解することにはならない。
ローマ料理は、ローマの気候、歴史、生活リズムの中で成立してきた味だ。日本人旅行者がそれを「塩辛い」と感じるのは、優劣の問題ではなく、前提となる生活環境と味覚の違いに過ぎない。
実は日本も塩分摂取は多い。それでも印象が違う理由
日本は、健康的で薄味な国。そう思われがちだが、実は塩分摂取量については、日本も注意を促されている国のひとつだ。それでも、日本の料理や食品がローマ料理ほど「塩辛い」と感じられにくいのはなぜか。その鍵は、塩の使われ方にある。
日本の塩は「前に出ない」
日本は、健康的で薄味な国。そう思われがちだが、実は塩分摂取量については、日本も注意を促されている国のひとつだ。それでも、日本の料理や食品がローマ料理ほど「塩辛い」と感じられにくいのはなぜか。その鍵は、塩の使われ方にある。
それでも、あえて「塩を立たせる」日本の食品がある
ただし、だからといって日本の塩が常に控えめかというと、そうでもない。
近年では、
- 塩味を前面に出した煎餅
- あえて“しょっぱさ”を売りにしたスナック
- 素材の甘みや油分と塩を強く対比させた商品
など、意図的に塩味を立たせた食品も多い。
これは、日本人が塩に弱いからではなく、だし文化の土台があるからこそ成立する演出だ。普段は塩が前に出ない設計だからこそ、一時的に塩を強調すると、「分かりやすい美味しさ」として機能する。
同じ塩分量でも「体感」は変わる
ここが一番大事なポイントだ。
ローマ料理:塩が味の骨格として、最初から最後まで存在する
日本の料理・食品:塩は背景にあり、必要なときだけ前に出る
そのため、同じ塩分量であっても、体感はまったく違う。
ローマ料理を食べ続けると後半に「きつさ」を感じやすいのは、塩が常に主張し続ける設計だからだ。一方、日本の塩は、前に出たり、引いたりする。この可変性こそが、日本人にとっての「食べやすさ」を作っている。
旅行者向け|ローマ料理と上手に付き合うコツ
ローマ料理が塩辛く感じやすいと分かっていても、避ける必要はない。付き合い方を少し変えるだけで、体感は大きく変わる。
パスタは「一皿=一人前」と考えない
ローマのパスタは、食事全体の流れの中で味が成立する一皿として設計されている。そのため、日本の感覚で「一人一皿・完食前提」で食べると、後半に塩味が強く感じやすい。
- 複数人ならシェアする
- 前菜と分けて軽めにする
- 無理に食べ切らない
これだけで、印象はかなり変わる。
ローマ料理でパスタを「連日続けない」。旅行中は、つい毎日その土地の名物を食べたくなる。ただ、ローマ料理は塩と脂がしっかりしている分、連日続けると疲れやすい。
今日はパスタ。明日は軽めの魚介。その次はパニーノや前菜中心というように、意識的に間を作るのがおすすめだ。
パスタにこだわらなくてもいい
ローマ=パスタ、というイメージは強い。でも、ローマで美味しいのはパスタだけではない。
- 前菜(野菜・豆・チーズ)
- 魚介料理
- 肉料理を少量
塩気の強いプリモ(パスタとリゾット)を避け、これらを中心に組み立てると、ローマの食文化を無理なく楽しめる。
「残す」は失礼ではない
日本では、料理を残すことに抵抗がある人も多い。しかしイタリアでは、量や体調に合わせて残すこと自体は特別失礼な行為ではない。無理に完食して、「やっぱりきつかった」という記憶を残すより、心地よいところでやめるほうが旅としては正解だ。
「合わなかった」ではなく「選ばなかった」
ローマ料理が塩辛く感じたとしても、それはローマが合わないという意味ではない。今日は選ばなかった。今日は別の形で楽しんだ。それくらいの距離感でちょうどいい。ローマ料理は、付き合い方が分かると食事を楽しめる。
最後に|「塩辛い」は失敗ではない
ローマ料理が塩辛く感じられたとしても、それは味覚の失敗ではない。
上記で説明したように、ローマ料理は「保存食文化」、「食事の組み立て方」、「一皿の位置づけ」といった前提の上に成り立っている。日本の感覚で「一皿を完食する前提」で向き合えば、塩味が強く感じられるのは自然なことだ。
重要なのは、ローマ料理が良いか悪いかではなく、前提が違うことに気づけたかどうかだと思う。
旅先での食事は、常に「自分に合うかどうか」を試される。そして、合わなかった理由を考えることで、その土地の文化や価値観が見えてくる。ローマ料理が塩辛いと感じたなら、それはローマを理解する入り口に立った、ということでもある。
正解か不正解かではなく、どう感じ、何に気づいたか。その積み重ねが、旅の経験を、ただの思い出ではなく「理解」に変えてくれる。
あとがき
日本には、本当に美味しいイタリアンがたくさんある。だからこそ、「本場のイタリア料理は、もっと美味しいに違いない」そんな幻想を、無意識に抱いてしまうのだと思う。
でも、実際にイタリアで食べてみて気づいた。美味しさの基準は、国によって違う。
日本で食べるイタリアンの多くは、イタリアで修行した日本人シェフが、日本人の味覚に合わせて微調整している。塩の強さ、脂の重さ、食べ進めたときのバランス。その「少しの調整」が、私たちにとっての心地よさを生んでいる。しかも、食材は本場イタリアから輸入されていることも多い。素材はほぼ同じ。違うのは、仕上げの感覚だ。
そう考えると、「本場だから一番美味しい」というより、「自分の味覚に合うかどうか」が、料理を楽しむうえで一番大切なのだと思う。
私にとっては、イタリアで修行した日本人シェフが作るイタリアンが、今のところ100点満点だ。それは決して本場を否定しているわけではなく、味覚は文化と一緒に育つものだ、というだけの話。
ローマ料理が塩辛く感じたとしても、それは失敗ではない。「違い」に気づいた、という体験だ。旅先で感じたその違和感こそが、次に食べる一皿を、もっと深く味わわせてくれるはずだから。

